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考察6 乱世の英雄 織田信長
 

 秀吉の旧主の織田信長は、戦国時代の超児であり、実に現実的な合理主義者であり、冷徹なまでに非情で強烈な退治屋であった。

 まるで根絶やしにするかのように一向衆徒を数万人も虐殺し、まさかの比叡山の焼き討ちを決行して時の宗教界の巨頭とでもいうべき延暦寺をことごとく廃塵に帰し、その時代の権力の象徴であったはずの室町幕府をもあっさりと滅ぼしてしまった。

 武田家の滅亡の際には、信長は武田の旧臣たちを絶対に許さなかった。

 信長は織田家の重臣らに厳命して、武田の旧臣らを草の根を分けるように執拗に厳しく探索させている。そして、しつこいぐらいに何度となく探し出させてはしらみつぶしに捕らえて、その度に冷酷非情にもことごとく惨殺している。

 また、以前に信長に叛逆した荒木村重は、その一族郎党のほとんどすべてが捕らえられ、冷酷無残にも三度に分けられてじっくりと処刑された。
 毛利方に転身して信長に反旗を翻した荒木村重は、居城の摂津有岡城が信長の軍勢に攻囲される直前に辛くもその城から脱出し、その後、利休七哲に数え上げられるほどの茶人として生き長らえた人物なのであるが、信長の凄惨極まるむごたらしい極刑によって肉親・親族のほとんど全てを失っていた村重の心情は、これは察するに余りあるであろう。

 
 諸書の見解によれば、信長のこうした冷酷的で残忍な仕業とは対照的に、秀吉は心の温かい妥協屋であったと称賛している。
また、秀吉は大海の如く実に広い度量の持ち主で、敵も味方も快く出迎えることができるのであると記している。

 さらに、秀吉の生涯を通観すれば、憎しみや恨みを腹に残すことなく、サラッと受け流すことが本当にうまいとも書かれている。

 そしてまた、人情や心情に溺れない明晰な判断力も持ち合わせ、お互いの利害の損得勘定も決して忘れない人物であったとベタホメして記述している。

 三河物語(徳川方の書物)の著者である大久保彦左衛門が、
「どのように表現したらよいのか、どのように言えばよいのか分からないのだが、関白殿下(秀吉)におめにかかり、お話しをうけたまわっていると、なぜか、かたじけなく思えて、ただ、ただ、ありがたく覚えるのみで、今になって思い出してみると、どうしてああいう気持ちになったのか、我ながら本当に不思議に思える。」と、その日記の中でもらすように記している。

この大久保彦左衛門翁の日記の記述を根拠にして、秀吉の人物としての魅力は一級品のピカ一だったのであると断言し、秀吉は心術・人間学の達人であったとほめちぎって記述している諸書も多い。


 確かに、秀吉の生涯を丹念に調べ上げた者であれば前述のような見解になるのであろうし、かくいう私も全くの同感なのであるが、しかし織田信長と対照的に比較しての秀吉の人物評ということになると、これはいかがなものであろうか。

 秀吉の人物的な評価はさておき、信長が冷酷的で残忍な人物であったとする見解があるが、私にはどうしても納得できないのである。
 
 信長の時代と秀吉の時代とでは、政情も情勢も状況も、あらゆる局面において全然違っていたはずなのである。
 
その時々のトップに立つ者としての心構え・心がけ、選択すべき手法、取らざるを得ない手段などが全く異なっていたはずなのだ。
 
 織田信長には、息づまるような生死を賭けた過酷な試練の連続が、中世の積幣を打破する先駆者として汚名を被らざるを得ないという厳しい現実がそこにあったことを我々は忘れてはならない。


 詳しいことは以前の織田信長について書いた章で記述している。思いだして頂きたい。


 冷酷的で残忍な手法を取らざるを得ないという宿命的で過酷にすぎるほどの厳しい時代背景がそこにあったはずなのだ。

 
 織田信長の宿命ともいえる命題は、中世のシコリと化した積弊との血みどろの戦いであったことを我々は忘れてはならないのである。

 
 秀吉と家康は、信長の艱難辛苦の道程があったればこそ、その恩恵にあずかって辛くも天下を統治することができたのである。
いわば、未開のジャングルを開拓したのが織田信長だったのであり、秀吉と家康はその後に上手に整備してうまく管理したにすぎない。
信長は毒蛇を払いのけながら、害虫や敵性動物と闘いながら五里霧中の手さぐりの中で新たな道のりを切り開いていった近世への橋渡しともいえる先駆者の一人だったのだ。秀吉や家康の時代のようなある程度の余裕のあった頃とは全然わけが違うのである。


 
 以前に別の章で書いたことなのであるが、織田信長の恐るべき大敵であった「積弊と化した悪弊とでもいうべき中世のシコリ」とは、これは、歴史的に実に根の深い大問題だったのである。説明がかなり長くなってしまうが、我慢して読んで頂きたい。

 平安時代の中頃になると、時の朝廷は軍備を撤廃している。これは、天皇家を牛耳って専横の限りを尽くしていた藤原氏が荘園を乱立したことが最大の原因だ。

 荘園というと、「別荘のような庭園」といったイメージがあるが、これは完全な誤りである。

 本来であれば、在地地主である領主は租・庸・調という現代風にいえば納税の義務を負うのであるが、形式だけの名義上のことにして、藤原氏に土地を寄進したことにすれば納税の義務を免れたのだ。
 
 荘園とは、つまり脱税天国であったといってよいのである。

 領主は藤原氏に名義借りの対価として名義借り料を支払うことになるのだが、藤原氏は荘園をバンバン作って濡れ手に粟の名義貸し料で荒稼ぎし、しかし朝廷(天皇家)はドンドン税収が減ってたちまち財政難に陥ってしまったのである。

 だから、朝廷はいつ使うかも分からない金のかかる軍備を撤廃して検非違使などに代えてその任にあたらせることにしたのであるが、しかし検非違使とは元々が今の警察のような軽武装なのだから強力な武装集団にはまるで歯が立たないのだ。

 このようなあり様になってしまったので、領主や寺領は自主防衛の必要性に迫られ、領主は家ノ子・郎党を組織して武装集団を形成するようになった。これが武士の起源だ。
 寺領も同じで、こちらは僧兵という。

 後年になると領主や寺領は不輸・不入の特権を楯にとって官吏らの出入りすら禁止して自立性を高め、やがて独立した自主権を主張し始める。これが後年の守護大名となり、強力な武装集団である独立王国のような寺領になっていくのである。

 実は、この強力な武装集団と化した自治権を主張してやまない領主・寺領の存在がそもそもの果てしない争乱のはじまりだったのだ。
鎌倉幕府が滅んだのも、後醍醐天皇の建武の新政が大失敗だったのも、南北朝の果てしない争乱も、室町幕府が当初から見るも無残なほどに脆弱な政権だったのも、応人の大乱が発生したのも、これらすべての根本的な原因は、藤原氏によって国家を搾取する為に創設された荘園制度がそもそもの始まりだったのであり、時代の推移に応じて諸所の荘園が突然変異に似た変貌を遂げていき、結果的に狂暴で飽くなき我欲満腹を追求してやまない領主・寺領を続出させたことにある。
 そもそも、王朝時代の頃は公地公民制といい、口分田制度といい、租・庸・調という税制体系といい、きちんとした集権国家体制だったのであるが、藤原氏の欲得に狂って始められた荘園制度がすべてをぶっ壊してしまったのだ。

 後年の戦国時代に、そんな狂暴で欲望のかたまりみたいな領主・寺領が無数に乱立していた頃に、織田信長は天下統一を志して一心腐乱に邁進していたのである。

何度となく死地を経験しながらも、世上の指弾を浴びようとも、決っして諦めることなく、試行錯誤をくり返しながら絶え間なく行動し続け、すべては国家統一、そのためだけに悪戦苦闘しながらも総力を動員して旧時代の悪弊と闘っていたのである。

 だから、信長はえらいのだ。

 冷酷で残忍な手段・手法を用いたからといって、冷徹で非情な人物だったと断定して結論づけて、誰が信長のことを責めることができようか。できないはずだ。

 
 また、経済のことも書いておかなければならない。

 鎌倉時代の中頃には市場経済が著しく発達し、物々交換では追いつかないほどになって貨幣が頻繁に使われるようになった。

 貨幣経済とは、これはすなわち仮想現実の世界である。今の現代においては電子マネーにまでなってしまっているが、市場経済が発達すれば必然的に消費が増えるようになるから、結果的に金貸しが生まれてくる。 

「借上」という現代風にいえばサラ金業者みたいな商売が続々と横行するようになり、室町時代には「土倉」などと呼ばれていたが、やがて不動産担保融資みたいな業者までも出現し、鎌倉時代の御家人たちは土地を担保にこぞって金を借りまくったのであるが、これが今の現代と同じことで、どうしても欲をかいてしまうから必要以上に欲しい物を買ってしまう。消費と浪費の連続で支出が収入を大きくうわまわるようになって返済に困るようになり、しまいには土地を取られてしまう御家人たちが続出した。

しかし、土地を失い、農地も取られてしまっても生活していかなければならないから、必然的に仕事を探し求めて商工業に流れていくことになる。

こうして、色々な商売が乱立するようになって商工業も著しく発達していくのであるが、ここに目をつけたのが領主や寺領に圧迫されて貧乏生活を余儀なくされていた朝廷の公家さん連中だ。

お金に困った貧乏な公家さん連中とはいえ、朝廷に仕える身分なので社会的な権威は絶大だったから、公権力を行使して専売権みたいなものをこしらえて、商工業者に同業者組合を組織させ、そこからみかじめ料を吸い上げて荒稼ぎするというずる賢い?システムを作り上げたのである。これが「座」のはじまりだ。

 
 ところで商いは、人が集まる場所が実に都合が良くてやりやすい。

 効率もよい。

 昔は参詣に人が大勢集まってくる場所がもっとも効率がよかったから、昔から市場といえば寺社の門前市が主流であった。

ゆえに、公家さん連中は寺社勢力と組んで同業者組合を組織させ、市場を半ば独占的に支配していたのである。
 
 これが信長の時代の頃には普遍的に一般化しており、なんらかの同業者組合に加入しないと商いができない仕組みになっていた。組合に加入しないで商いを行えば、ひどい嫌がらせに遭い、時には殺されることもあったというから当時の商いは命がけだ。

 この同業者組合である「座」を組織することによって、公家さん連中は寺社勢力からの上納金で濡れ手に粟のように儲かるようになり、寺社勢力には同業者組合からしぼり取った金銀がふんだんに集まるようになった。

しかも、寺社には多額のお布施が集まっていたようであり、諸説によれば、当時の良民らは領主への年貢の納入は平気で怠っても、寺社にはどんなことがあっても必ず多額のお布施を献金したというから恐ろしい勢いで金銀が集まるのだ。

 寺社勢力はこれらを有力な資金源にして強力な武装集団、農業に従事しない年がら年中戦える傭兵の集まりのような常備軍を組織していたのである。専業の軍人なのだから恐ろしく強いのだ。

 
 ところで私は、織田信長は寺社勢力の資金源の根元を嗅ぎ取り、「座」のシステムを破壊するかのように楽市・楽座を決行したと考える者であるが、しかしそれ以前に松永久秀、南近江の六角承偵、美濃の斎藤道三が変則的ではあるが楽市・楽座を断行している。


 おそらくは、信長は彼らのやり方をまねて大々的に応用し、その一方で僧兵の実態に着目して、いつでもどこでも戦える常備軍の創設のヒントを得たように思えてならない。


 したがって、もしも私の想像があたっているとすれば、それはすなわち、信長の寺社勢力との壮絶極まる血みどろの戦いとは、歴史的な大革命の為の、有力な資金源の獲得の為の経済戦争だったということになり、旧時代の積弊と化したシステムとの果てしない殺戮地獄の熾烈な抗争だったということになるのだ。

 だから、私は織田信長に同情的であるし、偉大な英傑として尊敬してやまないのである。


 前回と同じ辛口になってまことに恐縮ではあるが、できもしない公約を掲げて政権交代を成し遂げ、しかもわずか数か月余りで政務をサッサとホッポリ投げて、ころがり落ちるように首相の座を退いていった実に情けない人物がつい最近になって出現してしまったが、このようなつまらない者は織田信長の爪の垢でも煎じて飲むべきであろう。


 本当に情けない話しであり、先人たちに誠に申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。


 後年の日本史を選択する受験生諸君にとっても、こう首相がコロコロと変わられては記憶して覚えるのも骨が折れて大変であろう。


 まぁ、もっとも、覚えるに値しない人物たちなのかもしれないから、これは余計な心配になってしまうかもしれないのだが。



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【2010/06/13 11:06】 | 未分類 | コメント(0)
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