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コラム NHK大河ドラマ天地人 兼続と真田父子

 真田幸村の本名は信繁である。

江戸時代に流布した真田三代記などの俗書が幸村の名を使いはじめ、それらが世の中に広く知れ渡っていつのまにかその名が一般化したと云われる。
本名よりも勝手に創作された源氏名のほうが有名になってしまったというところか。真田信繁公もあの世でさぞかし驚きながらも苦笑しておられることであろう。

 真田幸村の消息は諸説入り乱れて不明な点が多い。史料の上田軍記、真武内伝、上田市史、改正三河後風土記、その他の史料など、記述に異同があって整合性も合わない点が数多く散見される。
 真田幸村の動向について諸説あるのはそのためであろう。どの史料を重視するかによって見解が分かれてしまうのである。
 

 
 天正十三年八月、真田昌幸は上杉家の助勢を得て上田城に押し寄せる徳川勢を撃破し、上州沼田城に攻め寄せた北条勢も見事に撃退して追い払ったのであるが、しかしなんといっても徳川・北条の勢力は強大だ。
 
 昌幸のバックには上杉家がついてはいるが、その上杉は北越の新発田重家に手を焼いて越後一国すら平定できないでいる状態だったのだ。
 上杉景勝・兼続は猛将の本庄繁長をはじめとする上杉の有力武将たちに新発田征伐を任せるが、新発田重家は最上家・伊達家と通謀して猛烈に反抗するし、要害堅固で全然うまくいかない。険阻な山々に守られた天然の要塞であるうえに寒気の厳しい豪雪地帯なのだから無理もないのである。

また、上州を狙う北条家に備える為に軍勢を割く必要があったし、信州の徳川方の動静も予断を許さない状況下だったのである。上杉家は軍勢を集中的に動員できる状態ではなかったといえる。

 昌幸は次男の幸村を上杉家に人質として差し出して臣従していたが、上杉がいくら剛なりといえども上杉の助勢だけでは到底防ぎきれないと判断して秀吉を頼ることにした。この年の十一月頃までには嫡男の信幸を連れて上方に出向き、大坂城で秀吉に拝謁して被官たる許しを得ているから実に素早い行動だ。
この時に幸村も同行していたという説もあるが、これは残念ながら信じがたい。人質として上杉家に軟禁されている幸村を連れ出すことは至難の技であったにちがいない。

 
 
 さて、こうして頼もしい後ろ盾を得た昌幸は勇躍し、諸所に経略を手がけてしきりに攻勢に出る。
 
 折りしもよし、ちょうどこの頃に徳川家の柱石的な存在であった石川数正が出奔して秀吉の元に走ってしまったから、徳川家中はてんやわんやの大騒ぎの状態だったのだ。石川数正は徳川の重要な機密を全部熟知している人物なのだ。
 家康は驚いて有力武将たちを早急に呼び戻したので、昌幸の備えとして小諸に駐屯する鳥居元忠、大久保忠世、平岩親吉らは大急ぎで帰国したのである。

 昌幸は好機到来とばかりに小諸の依田康国らをじわりじわりと圧迫し、翌年の雪どけのあたりになると信州佐久郡をじりじりと切り取りはじめた。

 この徳川をなめ切った無遠慮極まる昌幸の行動に家康は激怒し、再度の真田征伐を決意して駿府に軍勢を集結させようとするが、この時は秀吉が仲裁に入って和睦させている。
この頃の秀吉は家康の篭絡にやっきになっている時だ。自分の妹夫婦を強引に離別させ、その妹を家康の正室として送り込むという無理なことまでやっている最中だったから、昌幸に厳命して自重させたのである。

 昌幸も上州の沼田が安全であれば徳川のような大勢力と争う必要などない。和睦交渉はすらすらとまとまり、家康も機嫌を直して秀吉の助言に従がっている。昌幸の嫡男信幸に本多忠勝の娘(小松)を家康の養女にして婚約までさせている。

 
 嫡男の信幸が家康の許に出仕し、正式に小松を娶るのは天正十七年の二月頃である。

 
 後年の関が原役の際に、この夫婦は昌幸・幸村によって微妙な立場に立たされる。

 しかし、天明宿で昌幸・幸村と決別して家康を主として決っして疑わない信幸の忠義心といい、
その戦後、
「己の武功にかえても父と弟を助命して頂きたい。この願い聞きとどけ給わずば生きている面目はない。」とまで言って嘆願し、本多忠勝・榊原康政を感動させたことといい、徳川の信任を得て真田家を存続させたことといい、実に見事な人物である。
「上田といえば真田」が思いつくが、実は真田昌幸が上田を支配したのは十八年ぐらい、信幸は二十数年の期間でしかなかったのだ。真田家が世代を通じて有名であり続けたのは家名を残した信幸(改名して信之)のおかげでもあるのだ。
 
 また、小松殿は賢母であったに違いない。
 西軍の味方になって上田に向かう途中の昌幸・幸村が沼田城(当時、信幸の城)に立ち寄ったのであるが、信幸からの知らせが何もないことに不審を覚えて入城を拒み、守備を固めて自身も薙刀をたずさえて陣中を督励したという。
しかし、その一方で昌幸の元に子供たちを送り、付近の寺で孫たちとの面会を許しているのである。

 聡明で情愛の深い女性だったのである。

著者HP http://7daiyamonde.blog60.fc2.com/
メールアドレス hokenpuro@yahoo.co.jp

テーマ:歴史小説 - ジャンル:小説・文学

【2009/06/16 17:22】 | 未分類
不如帰 ~戦国武将の幻影~


Ⅰ<覇王編>~逆賊 織田信長を討て!~  Ⅱ<争覇編>~織田家簒奪!秀吉の野望~

不如帰 戦国人物伝


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