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コラム NHK大河ドラマ天地人 曲学阿世の弊害


秀吉は慶長三年八月に病没したのであるが、その遺言の際に五大老の一人一人から、
「秀頼が成長して十五歳になったら必ずや親政する。」という内容の文言の入った起請文を取り付けている。
淀殿はこの誓約書の文言が守られることを固く信じ、彼らが将来的に秀頼を盛り立ててくれるであろうことに期待して信頼したに違いないが、秀頼の後見役であった前田利家は翌年の三月には早々と病没し、その後の前田家は家康によって首根っこを押さえられ、関ケ原役の後は毛利輝元・上杉景勝が徳川家に屈従し、宇喜多秀家は薩摩の島津家にかくまわれた後に家康から流罪に処せられてしまった。宇喜多秀家の八丈島での流人生活の逸話が多々あるが、彼は不遇のままに相当以上の長生きをしてその生涯を終えている。
 その後の家康は朝廷に働きかけて征夷大将軍職を賜り、慶長十年の四月には世子の秀忠が将軍職の後継者であることを平然と天下に知らしめ、秀頼に対しては上洛を促してもいるから以前の起請文の件を知っている豊臣恩顧の武将たちは憤懣やるせない思いであったろうし、期待を裏切られた淀殿が激怒するのも無理はないのである。母親の我が子に対する愛情はいつの時代も同じだ。息子の将来を心配し、わが子のために既得権をいっさい失うまいとするのは自然のなりゆきなのである。
家康の豹変ぶりはまさに慇懃無礼、力任せのやりたい放題であり、ドラマでの家康も冷酷的で権勢欲のかたまりみたいな印象を受けるが、しかし彼は冷血漢な人物ではない。
諸書によれば、秀頼は家康のことを、「江戸の爺(じい)。江戸の爺。」と呼んで慕っていたようであるし、秀頼と千姫との婚儀の件は老獪で政略的な打算であったことも事実ではあるが、豊臣家の生き残る道を模索して苦心惨憺する家康の温情も感じられるのである。
秀頼の上洛の件にしても、淀殿の心情に配慮し、豊臣系の諸大名の間にはいまだに秀吉の感恩の深いことを考慮して取り止めにしている。
「へたにこじれたら命取りになりかねない。」と思ったのかもしれないが、温情的になって時期尚早と考えて見送ったのであろう。


 そして、月日は流れ六年後の慶長十六年三月、家康は上洛して二条城に入り、織田有楽斎を通じて秀頼に上洛を促した。以前の蒸し返しである。
 
 この六年の間に徳川家の覇権はゆるぎないものになっている。
 
 また、豊臣恩顧の諸大名は家康の巧妙な財力弱体化政策によって財政難に陥り、軍資金にもこと欠くありさまになってしまっていたのである。
家康は西国の諸大名や豊臣系の武将たちに江戸市街の開発と整備、名古屋城・駿府城の増改築、二条城の普請、諸所の水路の開発や土木工事などを命じて財力を消耗せしめている。加藤清正・福島正則・浅野幸長・黒田長政・池田輝政などという豊臣恩顧の有力大名たちが特にかり出されているから豊臣家の勢力を弱体化させる方策であったことは明らかだ。

 さらに、大坂城に蓄蔵されている金銀の消耗もおびただしい。
 秀吉が建立した東山の方広寺の大仏殿は大地震で崩壊してしまったのであるが、家康は使者を通じて執拗に再建を勧めている。
 淀殿は肖像画にあるようにとても美しくて誇り高い女性であったように感じられ、諸書によれば母性愛の強い人であったように思われるが、しかし家康のたくらみを見抜けるほどの賢母ではない。喜んで再建に尽くすことになるのであるが、なんと方広寺の再建には十年もの歳月をかけて完成させているのだ。
再建中に火事に遭ってはやり直し、焼けこげてとけてしまった大仏を作り直したりして、やっと完成したのが慶長十七年の春であったというから膨大な費用に及んだことは想像に難くない。
 鐘の鋳造は慶長十九年の四月に完成させているが、その重量は一万九千貫もあったというから驚くほどの巨大な鐘である。その他に堂宇や大仏殿もあるのだからその費用たるや莫大であったろう。

 
 秀頼の上洛の件については機会があれば詳述するが、この鐘の銘文の件で後日、大問題が勃発する。

 
 鐘の銘文は、当時名文章家で評判の高い禅僧、文英清韓の作である。


 徳川家側は、「国家安康」というのは家康公の名を切断しているので無礼千万、「君臣豊楽、子孫殷昌」は豊臣家を君とし、子孫の殷昌を楽しむと隠し書きしており、徳川家を呪詛しているのだと言い張り、これは豊臣家の天下になることを祈願しているのだと言いがかりをつけるのだ。

 日本で漢文を訓読する際には、場合によっては返読しなければならないが、しかしだからといって「臣豊」を「豊臣」と読むことは絶対にできない。こんなことは漢文学の初歩なのだ。

 ところが、本当に驚くべきことに徳川家の儒官である林羅山がこれを認め、博識の高いことで有名な京都五山の長老のほとんどが認定しているのである。

 これは、破廉恥なほどの「曲学阿世」ぶりと言わざるを得ない。

 今の現代も、世間の人々が学者に対して直感的に一種の嫌悪感を覚えてしまうのはここのところに起因するのかもしれない。

 
「史記」儒林伝によれば、「曲学阿世」とは、学問上の真理をまげて、世間や権力者の気に入るような言動をすることをいう。

 
 この事態は、現代に生きる我々も肝に銘じておかなければならない教訓であろう。


著者HP http://7daiyamonde.blog60.fc2.com/
メールアドレス hokenpuro@yahoo.co.jp 

テーマ:歴史小説 - ジャンル:小説・文学

【2009/11/10 14:15】 | 未分類
不如帰 ~戦国武将の幻影~


Ⅰ<覇王編>~逆賊 織田信長を討て!~  Ⅱ<争覇編>~織田家簒奪!秀吉の野望~

不如帰 戦国人物伝


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