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Ⅰ 織田家分裂

 1582年(天正10年)六月、織田信長は本能寺で横死し、羽柴秀吉が神業とでもいうべき神速の中国大返しで畿内に突入し、明智光秀を山崎の戦いにおいて熾烈な大激戦の末に打ち破って主君の弔い合戦をみごと完遂した。

そしてその年の十一月、秀吉は大動員令を下し、大軍を率いて近江の長浜城に押し寄せて城主の柴田勝豊を降伏させている。
一説によれば、秀吉は調略「相手に利害を説いて説得し、味方にすること。」を用いて柴田勝豊を篭絡したというが、しかしこれは明らかに軍事力を見せつけてものをいわせた脅迫であったろう。
しょせんは無駄な抵抗だったのだから、勝豊はソロバンをはじくように損得勘定して開城したのであろう。

だいたい、武士の忠義であるとか、義烈などというものは鎌倉時代はまだましなほうで、南北朝の争乱期から室町時代になると建前のように成り果ててしまっている。この時代の戦闘の様相を詳しく調べていて実に驚かされるのは、先陣を切って敵勢に突入していき、そのまま寝返って投降していくようなケースなどザラにあったのだ。
戦国時代になるとこれが少し持ち直し、江戸時代には儒教的な倫理観や朱子学の影響で徹底されるようになるが、しかし江戸時代は戦争がほとんど無かった時代なのだから、こんなことは証明しようがないのである。

後年の幕末期の鳥羽・伏見の戦いでは、幕臣たちがポロポロと官軍に寝返っているし、戦国時代の藤堂高虎を藩祖とする藤堂家などは、「忠臣の手本」と讃えられていたにも関わらず、もっともハレンチな裏切り方をしている。  
 
 歴史上の人物の中には信義・忠義を重んじ、誠実で心がけの実に見事な人たちも確かにいる。

鎌倉時代の畠山重忠、南北朝の楠木一族、室町初期の細川頼之(足利幕府の礎を築いた人物)、戦国では本多忠勝、立花宗茂。しかしこれは稀なケースだったから有名になったといってよいのかもしれない。
昔に限ったことではなく、今の現代においても、我欲・面従腹背の克服は世間一般の普通の人々にはなかなか難しいのである。

 
 
 さて、そして翌年の初冬、秀吉は織田信雄、蒲生氏郷らに命じて北伊勢に向かわせて伊勢長嶋城に拠る滝川一益を厳重に攻囲させる一方、秀吉自らは本隊を率いて美濃に兵馬を進め、岐阜城の織田信孝を急襲してこれを降伏させている。

 私見になるが、戦争には必ず大義名分が必要なのであるが、そもそもこの秀吉の軍事行動は伊勢国を中心とする中小豪族たちの内紛が原因だ。 
 滝川一益の与力大名らの中に秀吉サイドに寝返る者あり、その裏切りを知った滝川サイドの武将が寝返った者の城を奪い返したりと、滝川一益の足元は乱れに乱れ、伊勢は乱麻の状態になり果てた。

 滝川一益の諸豪族に対する統率力にも問題があったのであろうが、戦国の中小豪族らは狡猾でとても利にさとい。義理もヘチマもあったものではない。
秀吉はこの内紛に乗じて伊勢の中小豪族たちを上手に宣撫し、味方にし、彼らを滝川の勢力圏から守るという名目で滝川征伐に踏み切ったのであるが、反秀吉党の盟主である柴田勝家が越前の深い雪に阻まれ、容易に動けないことにつけこんでの軍事行動であったことは言うまでもない。

 柴田勝家はさぞかしじたんだ踏んで悔しがったに違いないが、脳天から火を噴くほどにいきり立ち、憤激したろう。 美濃の岐阜城には織田家当主の三法師がいるのだ。

 秀吉のほうにも大儀名分があったとはいえ、仰ぎ奉る主君の所在する岐阜城に兵馬を向けたわけで、これは主家簒奪と見られても全然おかしくない行動なのだ。

 柴田勝家はあまり評判の良くない武将であるが、彼の生涯を通観するとまことに純朴であり、忠義心に厚く、義理がたくて誠実な一面も多い。典型的な頑固な鎌倉武士みたいな人物である。
主家を軽んじるような秀吉の行為に憤慨し、
「道義を知らぬ、成り上がり者の逆臣めが!」と、吐きすてるように言っていたに違いないのである。

また、正々堂々と争覇戦を挑まない、どこまでもこざかしい秀吉を侮蔑したことであろう。

 
 
 この信長亡き後の羽柴秀吉・柴田勝家を中心とする織田家の権力闘争劇を書いていて、
 私の恩師の言葉で、
「論理は論理によってひっくり返される。だから、いくら議論しても、思惑の絡んだ議論であればなおさら喧々ガクガクとなって、まるで埒があかなくなることがよくある。」というのを今になって思い出した。


「大儀名分」であるとか、「正論」などというものはシップ薬と同じで、つけようと思えばどこにでもペタペタとつけられるのである。


 
 政治権力者の思惑の絡んだ大儀名分ほど危険なものはない。これは今の現代も同じである。

 
 観応の擾乱、南北朝の争乱、応仁の大乱、そしてあの無惨な大敗北に終わった大東亜戦争、いづれにおいても、庶民は塗炭の苦しみを強いられている。


著者HP http://7daiyamonde.blog60.fc2.com/
メールアドレス hokenpuro@yahoo.co.jp 

テーマ:歴史小説 - ジャンル:小説・文学

【2009/12/14 10:21】 | 未分類
不如帰 ~戦国武将の幻影~


Ⅰ<覇王編>~逆賊 織田信長を討て!~  Ⅱ<争覇編>~織田家簒奪!秀吉の野望~

不如帰 戦国人物伝


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