スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告
Ⅰ 小牧・長久手の戦い
 

 天正十二年(1584年)三月初旬、徳川家康は全軍に総動員令を下し、自ら軍勢を率いて浜松城を後にしている。

七日に浜松を出て、翌日の八日に岡崎に入り、九日には矢作付近で滞陣して兵馬を休息させながら諸所の将兵らの追いついてくるのを待ち、そしてその後の十三日には尾張に入って清洲城下に到着、そこで織田信雄の軍勢と合流し、信雄・その諸将たちと参会して清洲城内で軍評定をしているから実に迅速な軍事行動である。

 これは家康には非常に珍しいことだ。

 当時の家康は石橋を叩いても渡らないぐらいの慎重な人物で、まるで敵を怖れているかのような鈍重ぶりだったので、
「耳臆病の大将」と、家中の者たちから陰口をたたかれることもあったという逸話があるほどなのだ。

むろん、家康の鍛えぬかれた胆力は強靱そのものであったはずで、敵勢の噂を聞いただけで震え上がるような臆病な人物ではないが、しかし、家康の入念で綿密な情勢の分析力、用意周到で思慮深い性質、慎重にすぎると思われるほどの重厚な態度などが、家中の将士らにとっては実にまどろっこしくてイライラさせられたのかもしれない。

血気にはやる武将であればなおさら、じれったくて堪らずに、「耳臆病の大将!」と言ってしまいたくなるような思いだったのであろう。

 
 しかし、この時の家康はまるで別人のような迅速ぶりを見せている。家康の強い意気込み、熱望のほどが感じられるのである。


 それに比べて秀吉の動きはいつになくノロノロドテドテと非常に鈍かった。
 
 電撃的な疾風迅雷の機動を誇る秀吉が、三月の中旬頃になってやっと大坂を出立し、京都に入るとしばらく兵馬を休息させて、その後に近江の坂本城に到着して全軍の指揮を執っている。

 織田・徳川連合軍との戦端はすでに開いていて、北伊勢と伊勢に近い尾張の周辺では小合戦や小城の争奪戦が繰り広げられおり、伊勢では羽柴方が勝ち、尾張では連合軍側が勝利している。
 
 美濃大垣城主の池田勝入斎も森長可の軍勢と合流し、すでに勇猛果敢に攻勢に出て、熾烈な激戦の末に要害の犬山城を抜いて連合軍を追い散らした。
しかしその後、八幡林のあたりで連合軍側の朝駆けの奇襲に遭って惨敗し、この急報を聞いた秀吉は慌て急いで坂本城から出撃、本隊を率いて尾張に向かったのであるが、すでに軍勢を展開中の連合軍側に戦略的な要害である小牧山をしっかりと押さえられてしまい、しかたなしにその付近の楽田城に布陣して対峙することになってしまった。

 小牧山城は以前、信長が美濃攻めの為に本城を築いたほどの戦略的に重要な拠点だ。

以前の信長の小牧山の城普請は、これは若き日の秀吉が信長に進言して実現したといわれる逸話があるぐらいの堅牢な要害だったから、秀吉は小牧山を必ずや占拠するつもりだったに違いないが、当初から出遅れての出馬だったので、駆けつけるのに間に合わなかったのである。

 もう少し秀吉の大坂からの出馬が早ければ、戦局はもっと有利に展開していたであろうし、勝入斎もこんな惨めな惨敗劇に遭わずに済んだのかもしれない。
しかし、おそらくは秀吉は大坂の地から離れられない厳しい状況下にいたのであろう。

 大坂城内での秀吉は、大忙しの諸時難題だらけだったはずなのである。

 譜代の家臣がいれば、信頼して仕事の多くを任せることができるし、重要な採決などは老臣らに委ねてしまえばこと足りる。
行き届いた方針や方策などは家老衆に任せておけば安心であるし、細かい指図などは奉行の仕事なのであるが、秀吉には譜代の家臣がいない。
頼りになる親族もほとんどいない。せいぜい弟の秀長と、官僚肌の浅野長政ぐらいのものなのだ。有力で有能な配下がいないこともなかったが、しかしそのほとんど全てが織田の旧臣たちだったのだ。信頼して仕事を任せられないのである。

だから、西は毛利から東の北条まで、そのほとんど全ての政略的な備えを、秀吉自らが決断して諸事につけてこと細かく指図しなければならなかったはずなのだ。

 ずいぶんと手間取ったに違いないのである。

 当時、秀吉の勢力は二十四州にもおよび、その石高は六百万石をゆうに越え、動員できるその軍勢は十万以上を数えるほどになっていた。

しかし、戦局が不利になれば織田の旧臣らがまっ先に寝返る危険性も十分にあったから、これは図体だけは異常にでかいけれども順風満帆な状態ではなかったのである。
ここは秀吉にとって、人物の良否においても、物資・補給路の確保の選択にしても、情勢を推察する能力においても、あらゆる局面において的確な判断を下さなければ命取りになりかねない難しい状況だったのだ。

 秀吉にとって、先を見通す卓抜な洞察力を要求される厳しい正念場だったのである。


 ところで、当時の織田信雄の所領は伊賀・伊勢・尾張、その石高は百万石に少し毛の生えた程度、家康は三河・遠江・駿河・甲斐・信濃の約二百八十万石ぐらいあったようであるから、連合軍側の石高は合わせて四百万石を少し下回るぐらいであった。

 石高はすなはち国力を表わし、出動可能な兵数の多寡を推測する為の有効な好材料なのであるが、改正三河後風土記の記述によれば、秀吉の諸所に展開する軍勢の総数は十二万五千余り、連合軍側が一万八千と記載しているが、これは信じられない。

 だいたい、勝利者側の史書・味方ビイキの史料の多くが偏向のはなはだしい記述を常とし、敵の兵力はできるだけ誇大に多く表記して、味方の兵数はできるだけ少なめにして記載している。
 寡兵で大敵を撃ち破ったかのような好印象を御披露しているわけだが、しかしこんなことは後世になればバレてしまって逆に信用を失いかねないところだろう。
 
 余談だが、平家物語は史書・戦記物ではなくて文学なのであるが、それにしても三十万の軍勢とか、五十万近い大軍などと、現実離れした兵力を平気で書き記している。
確かに、あの当時にそれだけの兵数を集められるはずがない。人口や食料、補給路の確保と兵站の問題もある。
しかし、平家物語は文学なのだから、その時代の雰囲気や情緒を深く味わってもらうために誇大な記述となっているわけだから、これはこれでよいのであるが、改正三河後風土記は幕府公認の史書なのだ。いかに勝利者側の史料はあてにならないかがよく分かるのである。
 
 
 最近の研究によれば、織田・徳川連合軍の総勢は五万から六万はあったようである。

テーマ:歴史小説 - ジャンル:小説・文学

【2010/02/18 13:11】 | 未分類
不如帰 ~戦国武将の幻影~


Ⅰ<覇王編>~逆賊 織田信長を討て!~  Ⅱ<争覇編>~織田家簒奪!秀吉の野望~

不如帰 戦国人物伝


美容室・ヘアサロン・ネイルサロン専門税理士

ランキングに参加しています。。。バナーをクリックして頂けると励みになります!

お気に入り

  • 紫電改を伝えたい!あいなんからの祈り
  • 日本百名城の旅
  • ひこばえ
  • ghost mail
  • 芸能エンタメ タレント最新ニュース&ランキング
  • 怖い話します
  • おんぞーし ノブ様
  • ☆オリジナルの高校数学の問題を掲載していきます☆
  • 嘘八百のこの世界
  • KEEP CALM AND WARBLE ON
  • 国時代を追いかけて日本の歴史つまみ食い紀行
  • 戦国&幕末 セレクト日本史
  • 心のうた|みよ@こたつむりが詠む詩集
  • 天満のイラスト日記!!
  • 施設内虐待(高齢者虐待)と戦う
  • にゃん吉倶楽部
  • 龍好き画伯の妻
  • 穴掘って吠えるでござる
  • えくぼママの喜怒哀楽三昧♪
  • 愛犬ジュジュのときどき後ろ前!?
  • 道東からのフォト
  • 花の店みちくさ
  • すずめ四季
  • 猫ろころころ
  • 極小ヨーキーの子犬がやってきた!
  • 木工と個別課題の部屋
  • 残された石垣を見つけたい
  • のんびり ゆったり 自遊気儘
  • 鼻毛虎日記
  • 別府葉子公式ブログ ~葉子通信
  • ノーベル賞候補犬 サンちゃん
  • 下町ESPRIT
  • 戦闘SLGプレイ日記
  • 東京ぶらぶらり
  • 千葉県 市川市 小岩 茶道具 古美術 絵画  買取 あんてぃっく壱
  • にゃおそふとプライベート
  • うづらのたまご
  • 青の傭兵
  • 小田原で木彫
  • 花のように
  • ビーチサイドの人魚姫
  • 花筐~花がたみ
  • デジカメ人
  • ビールは命の泉です。
  • アダルトチルドレンのまま楽に生きる
  • 全日本丸顔協会
  • ぷりしら商店の雑貨達
  • 愚行の日々を
  • アメリカ観光おすすめスポットまとめ
  • 旅レポート
    ブログランキング

    不如帰 戦国武将の幻影

    武将が騒がしくて、音がうるさい場合はサウンドを(Sound ON)をクリックしてください。SoundがOFFになります。

    (1)サムライに斬られないように注意しながら、かがり火を2回クリックして炎を青くすべし。 (2)左右の炎を2つとも青くすべし。 (3)その状態でサムライに斬られるべし。 (4)カーソルが斬られる瞬間、クリックすべし。 (5)タイミングが合えば、システムが起動する。

    最新記事

    月別アーカイブ

    カウンター

    ブログランキング

    blogram投票ボタン
    プロフィール

    不如帰の幻影

    Author:不如帰の幻影

  • ☆☆著者HPへアクセス・保険☆☆
  • ☆☆著者HPへアクセス・起業☆☆

  • 最新トラックバック

    カテゴリ

    RSSリンクの表示

    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード

    QRコード

    検索フォーム

    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。