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Ⅱ 一騎当千の騎馬武者


 家康は長久手の戦いにおいて羽柴勢にせん滅的な大損害を与えて快勝したが、しかしその後に秀吉自らが率いる二万数千もの大軍勢との遭遇戦ともなれば、これは相当の大苦戦を強いられることは火を見るより明らかなのだ。

本多忠勝は憤然として、
「ご老臣の方々は、あくまでも籠城の覚悟のご様子。されば、せめて我が手勢だけでもお殿さまに付き従い、お殿さまの身に万が一のことがあれば一人残らず討ち死にいたすまで!」と言い放ち、荒々しげに席を立ち去った。
同席していた武将の石川康道も忠勝に同意し、老臣らを睨みつけて憤激しながらその場を去って行くのであった。

 しかし、宿老の石川数正も酒井忠次も、ここはつらいところだ。

 家康に後顧の憂い任されたとはいえ、戦略的要害の小牧山城に残された兵力はわずか五・六千にすぎない。

堅牢な要害に拠って籠城しているとはいえ、こんなわずかな兵力で十数万を擁する羽柴勢と対峙していたのだ。しかも、小牧山城は家康・織田信雄連合軍の中枢というべき本営でもあったから絶対に死守すべきところでもあったろう。 
 
 家康の窮地は分からないまでもないが、しかし、どうにもならんのである。

 一説によれば、宿老の石川数正は秀吉にあらかじめ篭絡されていたので、家康の危機的な状況をわざと見過ごして窮地に追い込んだとする見解もあるが、しかしそうではないように思われる。

確かに、石川数正は以前、秀吉の柴田勝家征伐の折りに、戦勝祝賀の使者となって近江坂本城にいた秀吉と対面し、秀吉からいろいろと褒めそやされたり、過大にすぎるほどの褒美も貰ったりしているが、しかし数正はこんな事ぐらいで篭絡されるほどの優柔不断のちんけな小人輩ではない。
 
 後年の石川数正の徳川家離反の理由は別にあると思われるが、その理由をここでいちいち書いては果てしがない。別の機会に詳述したい。

 
 
 さて、本多忠勝の兵は五百、石川康道が三百だったというから総勢でわずか八百の兵力だ。

 家康に追いつけとばかりにもみにもんで進軍して行ったのであるが、竜泉寺川という河川のほとりまでやってくると、対岸に沿って行軍中の羽柴勢が見えてきた。
 
 秀吉の率いる軍勢は二万数千あまりの大軍勢だ。
 
どこまでも果てしなく黒みわたる人海が無数にうごめいて、まるで大地が移動して動いて見えるようであったろう。胸の揺らぐような情景だ。


 一方、秀吉は伝令の報告で対岸の徳川勢に気づいていたのだが、なにしろひともみにもみ潰せるほどのわずかな小勢だ。
「かまうな、かまうな。無視せい。」と言って全然相手にせず、全く無視して川沿いに軍旗を進めていたのであるが、突如、対岸から鉄砲の轟音が鳴り響いたので思わず驚いた。 

 なんと、対岸の徳川勢が小勢であるにも関わらず、鉄砲を乱射して挑発しているのだ。

「なんという豪胆、なんたる大胆不敵。我が軍を少しでも引きつけ、討ち死にしてでも足止めして、あるじのために時間を稼ごうとしているのであろうか。まさに忠義一徹、実に見事な人物であるが、徳川家中の誰の指し物か?」といって、感心しながら稲葉一鉄斎を呼び寄せて問うと、一鉄は手のひらをひたいにかざしながら、目を細くそばめ見て、
「やっ、あれに見えるは徳川にその人ありと知られた本多平八郎忠勝に相違ござらん。」という。

「おお、あれが噂の忠勝か。実にみごと、家康は良い家来を持って幸せ者よ。」と、秀吉は内心思ったに違いないが、しかしここで敵将をほめたところでしょうがない。相変わらず全然相手にしないで川沿いを進んだのであるが、しばらくして諸将が憤激しながら、
「あの目ざわりな徳川勢を討ち取らせてくだされい!」といった感じで騒ぎ始めたからたまらない。

 秀吉は相変わらず将兵たちをなだめすかしていたのだが、あまりにも将兵らがしつこく迫って騒ぎ立てるので再び対岸に目を移して見ると、なんと、本田忠勝がただ一騎、対岸の川辺付近にまでやってきて、ゆうゆうと馬に水をのませている。
忠勝自身は、自慢のとんぼ切りの槍を小脇にかかえ持ち、こちらをジッと凝視して、まさに「敵無し」といわんばかりに睨みつけて挑発していたのだ。
「おっ、やりおる、やりおるわい。実に豪胆な奴じゃ。」と秀吉は感嘆し、ますます忠勝のことを惚れなおして感心したという。

 忠勝のとんぼ切りの槍というのは、ある時にとんぼが飛んできて、たまたまその槍先にあたって真っ二つに斬れてしまったと云われるほどの名槍であった。

 秀吉は後年、何度となく忠勝に私恩を売ってスカウトを試み、秀吉の奥州遠征の際には佐藤忠信(源義経に仕えた忠臣)の鎧を与えて諸候の前で激賞しているほどの念の入れようであった。
しかし忠勝はことあるごとに、
「太閤殿下の大海のように広く深いご恩には感謝の念に絶えない思いでございますが、家康は譜代からの主人にございますれば。」と言って丁重に断わり、それが秀吉をますます感動させている。



 余談だが、私が大好きな武将は鎌倉武士なら畠山重忠公、戦国時代であれば本多忠勝公、立花宗茂公であるが、三国志演義に登場する人物なら、まっさきに劉備玄徳配下の趙雲子竜を挙げる。

 劉備玄徳の荊州落ちの際に、趙雲が曹軍百万の中をただ一騎で駆け抜け、阿斗(劉備の子)を懐に隠し入れて奮戦しながら切り抜けていく光景は壮観である。

 また、劉備は終始、趙雲に絶大な信頼を寄せて側に付き従え、軍師の諸葛孔明も称賛している。


  彼らに共通する特性は、ふだんは寡黙にして重厚、実に律儀で慎み深いが、いざという時には大胆不敵、豪胆、豪勇、まるで鬼神の如き働きぶりを見せるのである。

 
 まるで、不動明王のようだ。

 戦慄を覚えるほどに恐ろしい反面、誠実で実直、実に慈悲深い人たちだったのである。

テーマ:歴史小説 - ジャンル:小説・文学

【2010/04/07 00:51】 | 未分類 | コメント(0)
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