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秀吉、覇業へ邁進す Ⅲ



さて、秀吉は、その母親までもを徳川家に人質同然に差し出して、家康の猜疑心を和らげて上洛を促すのであるが、しかし、家康の方としても、こうまでされては、いたしかたなしと感じたであろうし、もしかしたら内心、
「ここまで徳川家を高く売りつければ、もう十分だ。」と思っていたのかもしれない。


 徳川家康は、戦国の艱難辛苦を乗り越えてきた実際家の現実主義者だ。

 家康は義理や人情におぼれて動いてしまうような甘い人物ではないが、しかし結局のところ、家康が秀吉に対して反抗し続けることは、その勢力を見比べてみても、その財力を比較しても、当時の情勢を考えてみても、しょせんは無理な話しで、秀吉と戦い続けて共倒れになるどころか徳川家の滅亡は火を見るより明らかな形勢だったのである。


一説によれば、家康が北条家と手を組み、東の伊達と結び、西の島津と和親して秀吉を挟撃して対抗する手段もあったとする見解もあるが、しかしそんなことをしたところで、いずれはジリジリと負けるに決まっているのだ。

肝心の徳川家が、秀吉の老かいな調略攻めに遭ってひどい揺さぶりを受けており、隣国の北条とは上州沼田の件でもみにもめていて決して親しい間柄であるとは言い難い仲なのである。

また、史料その他の史書を細部に渡って検証するに、家康の周囲は徳川の存亡に関わる難題だらけであり、ヘビに睨まれて居すくんだガマの油と思っていい。


実際、この時、秀吉は側近の者に、

「あくまでも家康が反抗し続けるのであれば、その時は、徳川の領国を一つの城塞に見立てて、四方八方から非常線を張り、籠城攻めにして干し殺してやるまでのことじゃ。
そうしておいて、金銀を使って、徳川の家臣どもを調略する、徳川の領民を扇動して一揆を誘発させる、上杉、佐竹を動かして攻撃もさせる、北条には利害を説いて協力させる。時間はかかるが、徳川を滅ぼすはぞうさもないこと。」と、豪語したという逸話があるが、これはあながち嘘ではあるまい。


したがって、家康が他の諸大名たちと同じように秀吉に臣従しなければならないのであれば、あらかじめ、徳川の株を大いに上昇させておいたほうが、ここは断然に得策なところなのだ。


家康の正室として送り込まれた旭にしても、秀吉の母親の下向にしても、家康の株はこれ以上にないぐらいの急上昇ぶりなのだ。

 聡明な家康であれば、かなり早い段階からこのことに気づいていたであろうし、羽柴家の強大な軍事力、絶大な資金力、秀吉の人物としての器量もある程度は認めていたであろう。


  また、家康の座右の銘ともいえる、論語の「信」、人を信じるというキーワードも大きく関係していたのではないかと思われる。


 山岡荘八先生の小説「徳川家康」の中に、家康の人格形成に多大な影響を与えたであろう有名な逸話がある。

 家康がまだ竹千代といって9歳前後の頃、駿河国の今川義元の元で人質生活送っていた時に、臨済宗の高僧で、博識の豊かな大原雪斎和尚に手習い場において教示を受けている場面でのこと。

雪斎和尚いわく、

孔子さまの弟子が、「政治とは、なんでしょうか?」と質問した。

孔子さまは、「おおよそ国家とは、政治には、人と人とが信じ会う(信)と、食料の(食)と、国を守る武力(兵)がなければならない。」と、お答えになられた。

その弟子が、「そのなかで、どうしても一つを棄てなければならない時には、どれを捨てたらよいでしょうか?」 と聞いた。

竹千代殿なら何を捨てるかな?と、和尚はにこやかな笑顔で問う。


竹千代は、「兵を捨てまする。兵がなくても、人は生きていけますので。」と、答えた。

和尚はニッコリして、
「そうじゃ、孔子さまもそう答えたぞ。竹千代殿は本当に思慮深いのう。よし、よし。
うむ、それでじゃ、その弟子が孔子さまに再度、それでは、残りの二つのうち、どちらかをどうしても棄てなければならなくなったときに、どちらを捨てたらよいでしょうか?と、また聞いた。竹千代どのはどちらを捨てるかな?」とたずねる。


「信を捨てまする。信があっても、食が無くては生きていけません。それゆえ。」


和尚は一息入れると、真顔になり、ゆっくりとした口調で、

「(食)があっても、(信)が無なければ奪い合いになり、これすなはち獣、けものの道じゃ。

信が無ければ、食料を奪い合う血みどろの戦いとなり、負けた者はますます飢えていき、勝った者も、いつまでも勝ち続けることはできない。だから、獣は長くは生きられない。

人が野獣ではなく、人が人であるのは、「信」があるからであり、信じ合えるからこそ人間なのじゃ。わかるか。」という話しがある。




私は、この話しが大好きである。


感激、感動する。



あの東北の大震災のときに、ヘリコプターで救援物資を運んで来たアメリカ兵たちは、降下して荷物を降ろすことに躊躇したという。

なぜなら、各国で同じような緊急の場面の際には、必ず群衆が暴徒と化し、救援物資の奪い合いが始まり、殺し合いまではじまるケースが多くあり、殴る蹴るの暴行の末に死人まで出るという見るに堪えない光景に遭遇するからなのだという。

しかし、この時は、群衆は静かに整然としていて、着陸したヘリに代表者らしき日本人がに近づいてきて、深々と礼を述べ、次第に集まってきた人々が静々と救援物資運んでいったという。

そしてその代表者らしき日本人は、
「ここは、もう、これぐらいで十分だと思います。残りの物資は、至急、他の被災地に持って行ってください。よろしくお願いします。」
といって、アメリカ兵たちを感動させたという話しがある。


また、被災したコンビニの経営者が、店を解放して、
「好きなだけ持って行ってください。緊急のことです、代金は後日、いつでも構いませんので、いつか返して頂ければ結構です。」といって近所をまわった。

そして、次第にお店に集まってきた人々は静々と、申し訳ないといった感じで、暴動が起こるわけでもなく整然と商品を持って行ったという。

そして後日、落ち着いた頃に人々が続々と店にやってきて、あの時のお礼を言い、代金を置いて帰って行ったのであるが、その代金の合計は、本来のお店の売上代金の三倍をうわまわってしまったという。

 人々は、感謝の気持ちも込めて、代金に謝礼も含んで置いて行ったからである。



 日本人には、今の現代も「信」が生きている。
 

世界史の年表を見てほしい。中国大陸も、西欧諸国も、時代によっていろんな民族、いろんな王朝に支配されている。まさに弱肉強食、人を信用することなど、騙されて滅ぼされるかもしれないので、恐ろしくてできない。


 しかし日本は、他の異民族に支配されることなく、いろんな政権(公家の支配、幕府)はあったが、ずっと日本は日本、そのままだ。

 まさに天佑というべきか、「信」が育まれやすい土壌があったといってもよいのかもしれない。


  
 「信」は、日本の伝統的な文化であり、日本人の誇りであろう。




【2015/05/16 14:44】 | 未分類 | コメント(0)
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