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王覇 信長の後継者 (秀吉の遺産 関ヶ原役と家臣団)

諸説によれば、後年の豊臣家は武断派と文治派に分かれ、その派閥争いにつけ込んだ徳川家康が武断派を抱き込んで関ヶ原役に大勝したというが、
しかし、このような分裂騒動がなかったとしても、秀吉恩顧の武将たちの多くは、無念ながらも家康につくしかなかったであろうと思われる。

なぜなら、前章で書いたことであるが、秀吉の取り立て武将の多くは、その家臣団との信頼関係に非常に不安のある君臣関係だったからである。

独裁政権下で絶大な権勢をふるい、諸大名に睨みを利かせて重石役を果たしていた秀吉はすでに病没していたのだから、ここはなおさら不安なところであったろう。

また、精神論の上でも、

「武士たる者は、君主の前で潔く討死する」といったような武士道は、戦国時代にはまだ一般化していない。

この当時は、江戸時代のような儒教に基づく君臣関係など、まだ確立されていない。

この時代、家臣団の主たる構成員の老臣・家老たち、重臣・知行主である中小豪族らにしてみれば、他家の当主(つまり、家康のことだ)が実に頼りがいのある主人で、自分たちの所領を安全に確保してくれて待遇もよければ、人質を棄て殺しにしてでも、平気で離反して去っていくのだ。

秀吉の取り立て武将らの家中がこんな状態であるにも関わらず、秀吉亡き後の即席集団である豊臣家に加担したら、これは大名家のみならず、その家臣団を構成する知行主たちの家も潰しかねないだろう。


 秀吉のたぐい稀な政治的采配によってまとまっていた豊臣家が、秀吉の亡き後は、上から下まで全くの寄せ集め集団と化していたのである。


 徳川家康は豊臣家の大老職筆頭であり、あくまでも外征に反対であった良識者であり、徳川家の石高は諸大名中ナンバー1であり、
しかも、徳川家の内情は外征において全くの無傷の状態だったのだから、戦国大名にしろ、その家臣団を構成する老臣・重臣たちにしろ、知行主の中小豪族たちにしろ、どちらに加担したほうが家の保全上得策であるかは明白であったはずなのである。


 余談を書くが、後年、明治時代の頃にドイツの有名な戦略家が来日し、旧日本軍の高級将校らと関ヶ原に遊んで散策した際に、

「どうして西軍は敗れたのだろう。戦略は完璧な布陣なのだが。」というと、関ヶ原役での小早川秀秋の裏切りを聞いて、

「なるほど、そうだろう。そうであったにちがいない。」と納得したという話しがあるが、しかし、私には、この話しがどうしても信じられない。

これは、日本人の悪弊である「員数主義(その内実を問わずに、数字さえ合っていればいいという形式主義。数合わせの論理 )」の典型の話しであり、

戦争の勝敗を、数字合わせ・数の論理でかたづけてしまおうとする戦略家としてあってはならない員数主義の迷妄に陥っていると思うからである。


 関ヶ原役での西軍の敗因は、他にもたくさんある。

 
 西軍で激烈果敢に死力を尽くしてまともに戦っているのは、宇喜多秀家と大谷吉継の軍勢だけだ。

  また、小早川秀秋の裏切りが勝敗の明暗を分けたのは確かに事実ではあるが、しかし、これは後世から見た場合の結果論にすぎない。

秀吉の取り立て武将の多くは小早川秀秋の裏切りを聞いただけで、
まだ、小早川秀秋の裏切りが勝敗の決定打になるのかどうかも分からない五里霧中の状態であったにも関わらず、
西軍の敗戦を決め込んで早々と東軍に寝返る者あり、遁走するかのように戦場からサッサと逃走する者ありで、まったくのテイタラクの状態に成り果ててしまっている。

これは、前述した家臣団の問題点が爆発するかのように噴出した結末であったろうし、西軍の家臣団の中には、家康の調略がなかったとしても、あらかじめ徳川家への加担を熱望していた家老・重臣たちも多かったに違いないのである。


 小早川秀秋はあまり評判のよくない人物であるが、しかし、私は彼に同情的だ。


 前述の理由によって、老臣・家老・重臣たちが常に脅迫的に威圧して、小早川秀秋の東軍への加担を強いていたように思えてならないのである。

実際、諸史料によれば、小早川家の重臣の多くが徳川家への加担を切望しており、当主の小早川秀秋に対して諫言するかのように説得している。


 松尾山の陣中で、どちらに加担するか悩みに悩み、焦慮し、老臣の意見にまどわされ、徳川から鉄砲を撃ち込まれて慌て、うろたえ、そしてしまいにはなしくずし的になって東軍に寝返って西軍に突入する場面をTVドラマなどで見ることが多いが、

しかし、小早川秀秋公の立場を想えば、これは、是非もなし、いたしかたなし、といったあきらめに近い胸中なのではなかったかと思うのである。


 その胸中を想うとき、なぜか、目がしらが熱くなり、自然と涙がこぼれ落ちてしまうのである。
 

 
【2015/08/22 18:22】 | 未分類 | コメント(0)
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