スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告
王覇 信長の後継者 (秀吉の大望)

秀吉は、古代中国の前漢の創業者である劉邦のように徒手空拳の身の上から飛竜昇天の如くたちまち戦乱の世に頭角を現し、
まさに乱世の英雄といってよいほどの大偉業を成し遂げた人物であり、また、異常で異様とも思えるほどの日本史上前代未聞の大出世を果たした大幸運児だったのであるが、

しかし、残念ながら、肉親・親族には決して恵まれたとはいえない。

 秀吉が親族関係に恵まれなかったことも、豊臣家最大の不幸ではなかったかと思うのである。

秀吉の家臣団を形成する上において、地縁関係がなければ、せめて血縁関係で少しは補いもついたであろうが、弟の秀長は秀吉の片腕とでもいうべき雄略の人で、思慮深い逸材の人物だったのであるが、後年の小田原征伐の翌年には病没してしまう。
秀長の子である秀保も文禄三年頃に早世している。


 諸史料によれば、加藤清正・福島正則は秀吉と同じ尾張中村の出身で、史書の清正記では、秀吉と清正はいとこ同士と記されており、これが今の現在も信じられていて、映画やTVドラマなどでもそのように放映されているケースが多いのだが、
しかし、詳しく調べてみると疑わしい記述であるとの見解も非常に多いのである。

 
 また、福島正則は秀吉とは遠い親戚であるかのように云われているが、しかし、これも諸史料を検証するに非常にいぶかしい点も多く、厳密にいえば、出自の分からない「桶屋のせがれ」ということになるだけで、秀吉との血縁関係は非常に疑わしいと思われる。

 秀吉の妻、ねね(ねね、おね、ね、史料によって様々の記述あり)の親族に木下家定、浅野長政がいるが、この両名はどちらかといえば人の良い官僚肌で、これという人物ではなかったようである。


 惜しむらくは、秀吉とねねとの間に子がなかったことであろう。歴史にもしもは禁じ手であるというが、しかし、もし、この夫婦が早い段階でいく人もの子宝に恵まれていれば、秀吉恩顧の諸将の動静は限りなく未知数であったろうし、
そしてそれが、さまざまな憶測を呼び覚まして感慨深い興趣を誘うのである。


憶測ついでに余談を書くが、

 子宝に恵まれない原因が秀吉にではなく、妻のおねの体にあったかのように表現している歴史小説やTVドラマなどが実に多いが、しかし、これはいただけない話しだ。

 秀吉は数多くの妻(当時、妻は何人でも持てたのである。もちろん、嫡妻はいる。淀殿は側室ではなくて、れっきとした妻である。また、当時はまだ、妻と側室の厳格な区別はなくてあいまいであった)たち、側室たち、お妾さんも含めて、淀殿以外は誰一人として子宝に恵まれていないのだから、これは、秀吉の体に原因があったとする見解のほうが自然なのではないだろうか。


実際、早世した鶴松にしても、豊臣秀頼にしても、秀吉の実子ではないという風評は当時もたくさんあり、伊達政宗が、

「石田三成との子ではないのか。」といって、その噂を聞いた徳川家康から、

「軽率な言動は慎むように。」と、こっぴどく叱られている。


 伊達政宗は横着者の雄略の人であり、実に直感力の優れている人物なのだ。直感的にうさんくささを感じたので、なんとなく象徴的にそのように言ったまでのことだったのかもしれない。


 また、大野治長との噂も有名であるが、名古屋山三郎の説もあって、これは否定的な見解が多いのが、しかし棄てがたいのである。
小説的な文学にするとおもしろい話しになるかもしれない。

 名古屋山三郎とい人物は蒲生氏郷の家臣で、類稀な美貌の持ち主、戦国時代の伝説的な美少年で有名で、氏郷と男色関係にあったようである。
 
 織田信長と森蘭丸のような関係だ。


また、剣豪・豪傑としても有名であったが、氏郷の死後、蒲生家を出奔し、ダテを気取って身をもちくずしたようであるが、出雲の阿国と夫婦になったという伝説もあり、実際、後年の歌舞伎踊りに多大な影響を与えており、日本芸能史上、忘れてはならない人物となっている。


 このように、名古屋山三郎は、秀吉が寵愛する蒲生家に仕えていた人であり、武士として一流であり、遊芸に秀でた人物として有名でもあり、世上の女性たちにもてたようであったし、秀麗な美貌の持ち主であったりしたから、ひょっとして淀殿の引見があったかもしれない。


 ちなみに、名古屋山三郎は派手好きな人で、有名な前田慶次、伊達政宗などもそうであったが、派手好きを「ダテをする」というのが伊達家のダテが由来であるというが、これは間違いで、ダテは、鎌倉時代から使われている言葉である。




 さて、九州を制圧して西国を安定させ、京都に凱旋して天下泰平の気運を盛り上げた秀吉は、いよいよ東国の大群雄である関東に威勢を張る北条家にその眼光を光らせる。


 素浪人同然だった伊勢新九郎長氏が知勇の限りを尽くして北条早雲と名乗るまでになり、関東を切り従えて勢力を張ることついに五代に及び、今では関東八州を制するまでの大勢力になっていた。



 秀吉は北条に度々に渡って使者を遣わし、上洛の催促状を何度となく送っていたのであるが、北条氏政・氏直親子は、まるで意にかいさない。


「あれは、まともな関白じゃない。」と、思っていたのであろうし、上方の情勢に暗かったことも事実であったろう。



 彼らは頑迷な、井の中の蛙であった。




【2015/08/28 20:14】 | 未分類 | コメント(0)
<<コラム 独眼竜 伊達政宗 Ⅰ | ホーム | 王覇 信長の後継者 (秀吉の遺産 関ヶ原役と家臣団)>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

不如帰 ~戦国武将の幻影~


Ⅰ<覇王編>~逆賊 織田信長を討て!~  Ⅱ<争覇編>~織田家簒奪!秀吉の野望~

不如帰 戦国人物伝


美容室・ヘアサロン・ネイルサロン専門税理士

ランキングに参加しています。。。バナーをクリックして頂けると励みになります!

お気に入り

  • 紫電改を伝えたい!あいなんからの祈り
  • 日本百名城の旅
  • ひこばえ
  • ghost mail
  • 芸能エンタメ タレント最新ニュース&ランキング
  • 怖い話します
  • おんぞーし ノブ様
  • ☆オリジナルの高校数学の問題を掲載していきます☆
  • 嘘八百のこの世界
  • KEEP CALM AND WARBLE ON
  • 国時代を追いかけて日本の歴史つまみ食い紀行
  • 戦国&幕末 セレクト日本史
  • 心のうた|みよ@こたつむりが詠む詩集
  • 天満のイラスト日記!!
  • 施設内虐待(高齢者虐待)と戦う
  • にゃん吉倶楽部
  • 龍好き画伯の妻
  • 穴掘って吠えるでござる
  • えくぼママの喜怒哀楽三昧♪
  • 愛犬ジュジュのときどき後ろ前!?
  • 道東からのフォト
  • 花の店みちくさ
  • すずめ四季
  • 猫ろころころ
  • 極小ヨーキーの子犬がやってきた!
  • 木工と個別課題の部屋
  • 残された石垣を見つけたい
  • のんびり ゆったり 自遊気儘
  • 鼻毛虎日記
  • 別府葉子公式ブログ ~葉子通信
  • ノーベル賞候補犬 サンちゃん
  • 下町ESPRIT
  • 戦闘SLGプレイ日記
  • 東京ぶらぶらり
  • 千葉県 市川市 小岩 茶道具 古美術 絵画  買取 あんてぃっく壱
  • にゃおそふとプライベート
  • うづらのたまご
  • 青の傭兵
  • 小田原で木彫
  • 花のように
  • ビーチサイドの人魚姫
  • 花筐~花がたみ
  • デジカメ人
  • ビールは命の泉です。
  • アダルトチルドレンのまま楽に生きる
  • 全日本丸顔協会
  • ぷりしら商店の雑貨達
  • 愚行の日々を
  • アメリカ観光おすすめスポットまとめ
  • 旅レポート
    ブログランキング

    不如帰 戦国武将の幻影

    武将が騒がしくて、音がうるさい場合はサウンドを(Sound ON)をクリックしてください。SoundがOFFになります。

    (1)サムライに斬られないように注意しながら、かがり火を2回クリックして炎を青くすべし。 (2)左右の炎を2つとも青くすべし。 (3)その状態でサムライに斬られるべし。 (4)カーソルが斬られる瞬間、クリックすべし。 (5)タイミングが合えば、システムが起動する。

    最新記事

    月別アーカイブ

    カウンター

    ブログランキング

    blogram投票ボタン
    プロフィール

    不如帰の幻影

    Author:不如帰の幻影

  • ☆☆著者HPへアクセス・保険☆☆
  • ☆☆著者HPへアクセス・起業☆☆

  • 最新トラックバック

    カテゴリ

    RSSリンクの表示

    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード

    QRコード

    検索フォーム

    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。