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秀吉の関東征伐 乱世の英雄・北条早雲の幻影 北条家戦国興亡記 8

 さて、智謀雄略の黒田官兵衛は誠心誠意、親身に、懇切丁寧に北条氏政・氏直親子を得々、切々と説き伏せ、降伏して開城するように促したのであった。

 そして、北条家はついに官兵衛の言葉に従って開城を決意し、叛逆者の北条家の宿老である松田憲秀を血まつりに上げて惨殺し、
その後に豊臣家に屈服して降伏したのであるが、これは、初めから徹底抗戦をあくまでも主張し続けていたはずの、あの松田憲秀が、あっさりと裏切っていたことによほど腹に据えかねてのことであったろうが、しかし、秀吉はこの行為を理由に北条家を取り潰してしまったという説がある。

近年の諸説では、秀吉は北条家の取り潰しは以前から織り込み済みで、
松田憲秀、大道寺政繁などの宿老たちへの切腹命令は、これは、彼らの恥知らずと思えるほどの所業の数々に対する見せしめの為であるとか、
北条の宿老としての責任を取らせるために切腹させる必要があったとか、いろいろと意見の分かれるところであるが、
しかし私見では、松田憲秀は北条方の強烈な圧力によって殺されているように思うのである。確証はないが、海音寺潮五郎先生はご著書の武将列伝の中で書いている。

 ともかくも、北条氏政、氏照、大道寺政繁らは切腹を申し付けられ、氏直は辛くも許されて高野山に配流と決まったのである。北条氏直は家康の娘婿なのだから、秀吉が配慮、遠慮して助命したのであろう。


 後北条家の始祖、北条早雲公はまさに戦国乱世の風雲児であった。早雲の出現をもって、室町時代から戦国時代へと時代区分する学説がたくさんあるほどだ。

 北条早雲がまだ伊勢新九郎と名乗っていた頃は、彼は徒手空拳の流浪の民同然の身の上であったが、
数多くの友人たちと明日を語り合って固い絆を結びあい、皆々と将来を約束し合って、
「この中の誰かが、いずれ大出世したら、残りの俺たち全員がその者の家臣になって大いに盛り立てていこう!」と誓い合い、頑迷固陋(がんめいころう)の門閥の世相であるにも関わらず、
血みどろの戦いの中で粉骨して縦横無尽に奮闘努力し、
やがては竜虎の昇天するが如くメキメキと頭角を現してたちまち相模を平定し、その後の関東制覇の礎を築いた乱世の英雄であった。

有名な大道寺政繁の大道寺家は、勇躍して飛竜昇天する伊勢新九郎を当初から盛り立て支え続けた親友の末裔である。

また、早雲が高僧から六韜三略の教授を受けた際に、とてもうんざりして、
「もう、よい。そんなことなら、わしは、とうの昔に知っている。」といって、片手をあげて講釈をさえぎったという逸話は、実に有名だ。

 たぐい稀な英知と勇武知略・武勇絶倫の早雲公は、血みどろの逆境を何度となく乗り越え、苛烈極まる戦国乱世に勇名を轟かせたのだ。
そして、その息子の氏綱も、孫の氏康も、熾烈で激烈な阿鼻叫喚の生き地獄の乱世を生き抜いて、ただ後北条家の繁栄をひたすらに願い続けながら血みどろになりながら家中をまとめ上げてきたのだ。

 その艱難辛苦のほどは、想像を絶するに余りあるであろう。


 ところが、北条家は氏政の時代の頃になると、お国自慢ばかりに終始し、時勢を読む目も、大局を推し量ることも、上方の情勢に関心を示すこともないのだから、これではまるで話にならないのである。

 北条氏政について調べると評判の悪い逸話だらけなのであるが、真偽のほどは定かではないのだが、おもしろい逸話があるので少々ご紹介したい。

 氏政が父の氏康と食膳を共にしたときの出来事。
氏政が湯漬けの飯に汁をかけるのだが、何度となく汁をかけて食べていた。それを見咎めた氏康は、
「毎日のように食べている、たった一杯の茶碗の飯にかける汁の分量すらわからぬのか?
こんなことでは、とても国政や軍事のことなど、到底おぼつくまい。北条家も、わしの代でおしまいか。」といって嘆息し、涙をこぼしたという。

  次は、氏政と武田信玄が同道したときの話し。
北条と武田が共同で松山城を攻め落とした後に、氏政と信玄が馬を並べて道を行くと、ちょうどその時に、大量の麦を積んだ馬車が通りかかった。
 それを眺め見た氏政が急に、もの欲しそうに、
「腹がへって、麦飯が食べたくなった。ここで少し休息して、麦飯を食べよう。
あそこの馬車を引く農民に頼んで、麦を少し分けてもらってくるがよい。」と、側近の者たちに命じた。

氏政の側近らはモジモジして困っていると、信玄はわざわざ氏政の近くにまで馬を寄せながら、
「さすが、北条殿は大国のお生まれですな。大変におおようで、まことに喜ばしく結構なことではございますが、
しかし麦飯となりますと、少々時間がかかりますぞ。
麦をこいて、こなしては乾かし、その他にも手間取る作業をいくつもして、水で煮るわけですから、食べるころには、日もとっぷり暮れておりましょう。」と、麦飯の作り方をいちいち丁寧に教えて言った。

それを聞いていた氏政の側近の者たちは、爆笑をこらえるのに苦労したという。

 以上の逸話の真偽は、先ほども書いたが定かではない。
しかし、お坊ちゃん育ちの氏政と、苦労人の武田信玄公がまことに対照的な逸話なので書いた。

信玄はもちろんのこと、信長、秀吉、家康、謙信、政宗、その他の当時の英雄たちなら、農民が川のタニシを食べることまで当然知っていたであろう。

 当時の英傑たちは、必ずといっていいほどに決まって民情を知り尽くしている。

 とても残念なことではあるが、北条氏政公は、英雄ではなかったようである。



【2015/12/10 23:50】 | 未分類 | コメント(0)
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